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車メーカーHONDA / ホンダ
車種ステップワゴン
年式2003年3月~2005年5月
型式RF3 RF4 RF5 RF6 RF7 RF8
打刻RF3-140 RF4-140 RF5-100 RF6-100 RF7-100 RF8-100

品番90000-YZ0-5000-99
品名エアフィルターメンテナンスキット
詳細専用のフィルターウォッシャー(スプレー)とフィルターオイル(エアゾール)のセット

納期について
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ムゲン ホンダ HONDA

MUGEN 無限 エアフィルターメンテナンスキット ステップワゴン RF3 RF4 RF5 RF6 RF7 RF8 2003/3~2005/5

折口信夫 『死者の書・身毒丸』 中公文庫

「世の中になし遂げられぬものゝあると言ふことを、あて人は知らぬのであつた。」
「思ひつめてまどろんでゐる中に、郎女の智慧が、一つの閾を越えたのである。」

(折口信夫 『死者の書』 より) 


折口信夫 
『死者の書・身毒丸』
 
中公文庫 お-41-2 


中央公論新社 
1974年5月10日 初版発行 
1999年6月18日 改版発行 
2008年12月20日 改版11刷発行 
223p 
文庫判 並装 カバー 
定価590円+税 
カバー写真: 「大津皇子の眠る二上山」(入江泰吉/奈良市写真美術館) 



新字・旧かな。本文中に図版(モノクロ)5点。
中公文庫版初版は『死者の書』と「山越しの阿弥陀像の画因」を収録、川村二郎の解説が付されていましたが、改版では「身毒丸」が追加され、川村二郎の解説も新しく書き下ろされています。図版も増補され、文字も大きくなっていてよみやすいです。

「死者の書」は要するに「大津皇子」と「南家郎女」の時を隔てたグノーシス主義的ラブストーリーであって、現世的な時間を無にして永遠の時間に入ることによって成就されますが、折口信夫は、「孤児」的存在の、現世のものではない、なつかしい何者かへの「恋」(乞い)にこそ、「信仰」の起源を見ていたのではなかろうか。







カバー裏文: 

「古墳の闇から復活した大津皇子の魂と藤原の郎女との交感。古代への憧憬を啓示して近代日本文学に最高の金字塔を樹立した「死者の書」、その創作契機を語る「山越しの阿弥陀像の画因」、さらに、高安長者伝説をもとに“伝説の表現形式として小説の形”で物語ったという「身毒丸(しんとくまる)」を加えた新編集版。」


目次: 

死者の書 
山越しの阿弥陀像の画因 
身毒丸 

解説 (川村二郎)
 



◆本書より◆ 


「死者の書」より: 

「記憶の裏から、反省に似たものが浮び出て来た。
 おれは、このおれは、何処に居るのだ。……それから、こゝは何処なのだ。其よりも第一、此おれは誰(ダレ)なのだ。其をすつかり、おれは忘れた。」
 「をゝさうだ。伊勢の国に居られる貴い巫女(ミコ)――おれの姉御(ゴ)。あのお人が、おれを呼び活けに来てゐる。
 姉御。こゝだ。でもおまへさまは、尊い御(オン)神に仕へてゐる人だ。おれのからだに、触(サハ)つてはならない。そこに居るのだ。ぢつとそこに、蹈み止(トマ)つて居るのだ。――あゝおれは、死んでゐる。死んだ。殺されたのだ。――忘れて居た。さうだ。此は、おれの墓だ。
 いけない。そこを開(ア)けては。塚の通ひ路の、扉をこじるのはおよし。……よせ。よさないか。姉の馬鹿。
 なあんだ。誰も、来ては居なかつたのだな。あゝよかつた。おれのからだが、天日(テンポ)に暴(サラ)されて、見る/\、腐るところだつた。だが、をかしいぞ。かうつと――あれは昔だ。あのこじあける音がするのも、昔だ。姉御の声で、塚道の扉を叩きながら、言つて居たのも今(インマ)の事――だつたと思ふのだが。昔だ。」
  「うつそみの人なる我や。明日よりは、二上(フタカミ)山を愛兄弟(イロセ)と思はむ 
 誄歌(ナキウタ)が聞えて来たのだ。姉御があきらめないで、も一つつぎ足して、歌つてくれたのだ。其で知つたのは、おれの墓と言ふものが、二上山の上にある、と言ふことだ。
 よい姉御だつた。併し、其歌の後で、又おれは、何もわからぬものになつてしまつた。
 其から、どれほどたつたのかなあ。どうもよつぽど、長い間だつた気がする。(中略)あの音がしてる。昔の音が――。」
 「……其にしても一体、こゝに居るおれは、だれなのだ。だれの子なのだ。だれの夫(ツマ)なのだ。其をおれは、忘れてしまつてゐるのだ。」
 「大変だ。おれの著物は、もうすつかり朽つて居る。おれの褌(ハカマ)は、ほこりになつて飛んで行つた。どうしろ、と言ふのだ。此おれは、著物もなしに、寝て居るのだ。」
 「くれろ。おつかさま。著物がなくなつた。すつぱだかで出て来た赤ん坊になりたいぞ。赤ん坊だ。おれは。こんなに、寝床の上を這ひずり廻つてゐるのが、だれにも訣らぬのか。」

「こゝからは、北大和の平野は見えぬ。見えたところで、郎女(イラツメ)は、奈良の家を考へ浮べることも、しなかつたであらう。まして、家人たちが、神隠しに遭うた姫を、探しあぐんで居ようなどゝは、思ひもよらなかつたのである。唯うつとりと、塔の下(モト)から近々と仰ぐ、二上山の山肌に、現(ウツ)し世(ヨ)の目からは見えぬ姿を惟(オモ)ひ観(ミ)ようとして居るのであらう。」
 「そこにござるのは、どなたぞな。
岡の陰から、恐る/\頭をさし出して問うた一人の寺奴(ヤツコ)は、あるべからざる事を見た様に、自分自身を咎めるやうな声をかけた。女人の身として、這入ることの出来ぬ結界を犯してゐたのだつた。姫は答へよう、とはせなかつた。又答へようとしても、かう言ふ時に使ふ語には、馴れて居ぬ人であつた。」
「姫は唯、山を見てゐた。依然として山の底に、ある俤を観じ入つてゐるのである。寺奴(ヤツコ)は、二言(コト)とは問ひかけなかつた。一晩のさすらひでやつれては居ても、服装から見てすぐ、どうした身分の人か位の判断は、つかぬ筈はなかつた。又暫らくして、四五人の跫音が、びた/゛\と岡へ上つて来た。年のいつたのや、若い僧たちが、ばら/゛\と走つて、塔のやらひの外まで来た。
 こゝまで出て御座れ、そこは、男でも這入るところではない。女人(ニヨニン)は、とつとゝ出てお行きなされ。
姫は、やつと気がついた。さうして、人とあらそはぬ癖のつけられた貴族の家の子は、重い足を引きながら、竹垣の傍まで来た。
 見れば、奈良のお方さうなが、どうして、そんな処にいらつしやる。
 それに又、どうして、こゝまでお出でだつた。伴の人も連れずに――。
口々に問うた。男たちは、咎める口とは別に、心はめい/\、貴い女性をいたはる気持になつて居た。
 山ををがみに……。
まことに唯一詞(ヒトコト)。当(タウ)の姫すら思ひ設けなんだ詞(コトバ)が、匂ふが如く出た。貴族の家庭の語と、凡下(ボンゲ)の家々の語とは、すつかり変つて居た。だから言ひ方も、感じ方も、其うへ、語其ものさへ、郎女の語が、そつくり寺の所化輩(ハイ)には、通じよう筈がなかつた。
でも、其でよかつたのである。其でなくて、語の内容が、其まゝ受けとられようものなら、南家(ナンケ)の姫は、即座に気のふれた女、と思はれてしまつたであらう。」

「此時分になつて、奈良の家では、誰となく、こんな事を考へはじめてゐた。此はきつと、里方の女たちのよく(引用者注:「よく」に傍点)する、春の野遊びに出られたのだ。――何時からとも知らぬ、習(ナラハ)しである。春秋の、日と夜と平分(ヘイブン)する其頂上に当る日は、一日、日の影を逐うて歩く風が行はれて居た。どこまでもどこまでも、野の果て、山の末、海の渚まで、日を送つて行く女衆が多かつた。さうして、夜に入つてくた/\になつて、家路を戻る。此為来りを何時となく、女たちの咄すのを聞いて、姫が、女の行(ギヤウ)として、この野遊びをする気になられたのだ、と思つたのである。」

「万法蔵院は、実に寂(セキ)として居た。山風は物忘れした様に、鎮まつて居た。夕闇はそろ/\、かぶさつて来て居るのに、山裾のひらけた処を占めた寺庭は、白砂が、昼の明りに輝いてゐた。こゝからよく見える二上(フタカミ)の頂は、広く、赤々と夕映えてゐる。
姫は、(中略)何時かこゝまで来て居たのである。(中略)門の閾から、伸び上るやうにして、山の際(ハ)の空を見入つて居た。
暫らくおだやんで居た嵐が、又山に廻つたらしい。だが、寺は物音もない黄昏(タソガレ)だ。
男嶽(ヲノカミ)と女嶽(メノカミ)との間になだれをなした大きな曲線(タワ)が、又次第に両方へ聳(ソヽ)つて行つてゐる、此二つの峰の間(アヒダ)の広い空際(ソラギハ)。薄れかゝつた茜の雲が、急に輝き出して、白銀(ハクギン)の炎をあげて来る。山の間(マ)に充満して居た夕闇は、光りに照されて、紫だつて動きはじめた。さうして暫らくは、外に動くものゝのない明るさ。山の空は、唯白々として、照り出されて居た。
肌 肩 脇 胸 豊かな姿が、山の尾上(ヲノヘ)の松原の上に現れた。併し、俤に見つゞけた其顔ばかりは、ほの暗かつた。
 今すこし著(シル)く み姿顕したまへ――。
郎女の口よりも、皮膚をつんざいて、あげた叫びである。山腹の紫は、雲となつて靉(タナビ)き、次第々々に降(サガ)る様に見えた。
明るいのは、山際(ギハ)ばかりではなかつた。地上は、砂(イサゴ)の数もよまれるほどである。
しづかに しづかに雲はおりて来る。万法蔵院の香殿・講堂。塔婆・楼閣・山門・僧房・庫裡、悉く金に、朱に、青に、昼より著(イチジル)く見え、自(ミヅカ)ら光りを発して居た。
庭の砂の上にすれ/\に、雲は揺曳して、そこにあり/\と半身を顕した尊者の姿が、手にとる様に見えた。匂ひやかな笑みを含んだ顔が、はじめて、まともに郎女に向けられた。伏し目に半ば閉ぢられた目は、此時、姫を認めたやうに、清(スヾ)しく見ひらいた。軽くつぐんだ脣は、この女性(ニヨシヤウ)に向うて、物を告げてゞも居るやうに、ほぐれて見えた。
郎女は尊さに、目の低(タ)れて来る思ひがした。だが、此時を過してはと思ふ一心で、御(ミ)姿から、目をそらさなかつた。
あて人を讃へるものと、思ひこんだあの詞が、又心から迸り出た。 
 なも 阿弥陀ほとけ。あなたふと 阿弥陀ほとけ。
瞬間に明りが薄れて行つた。まのあたりに見える雲も、雲の上の尊者の姿も、ほの/゛\と暗くなり、段々に高く、又高く上つて行く。
姫が、目送する間もない程であつた。忽、二上山の山の端(ハ)に溶け入るやうに消えて、まつくらな空ばかりの、たなびく夜になつて居た。」

「あくる日、絵具(エノグ)の届けられた時、姫の声ははなやいで、興奮(ハヤ)りかに響いた。
女たちの噂した所の、袈裟で謂へば、五十条の大衣(ダイエ)とも言ふべき、藕糸(グウシ)の上帛の上に、郎女の目はぢつとすわつて居た。やがて筆は、愉しげにとり上げられた。線描(スミガ)きなしに、うちつけに絵具(エノグ)を塗り進めた。美しい彩画(タミヱ)は、七色八色の虹のやうに、郎女の目の前に輝き増して行く。
姫は、緑青を盛つて、層々うち重る楼閣伽藍の屋根を表した。数多い柱や、廊の立ち続く姿が、目赫(メカヾヤ)くばかり、朱で彩(タ)みあげられた。むら/\と靉くものは、紺青(コンジヤウ)の雲である。紫雲は一筋長くたなびいて、中央根本堂とも見える屋の上から、画(カ)きおろされた。雲の上には金泥(コンデイ)の光り輝く靄が、漂ひはじめた。姫の、命を搾るまでの念力が、筆のまゝに動いて居るのであらう。やがて金色(コンジキ)の雲気(ウンキ)は、次第に凝り成して、照り充ちた色身(シキシン)――現(ウツ)し世の人とも見えぬ尊い姿が顕れた。
郎女は唯、先(サキ)の日見た、万法蔵院の夕(ユフベ)の幻を、筆に追うて居るばかりである。堂・塔・伽藍すべては、当麻のみ寺のありの姿であつた。だが、彩画(タミヱ)の上に湧き上つた宮殿(クウデン)楼閣は、兜率天宮(トソツテングウ)のたゝずまひさながらであつた。しかも、其四十九重(シヂフクヂユウ)の宝宮の内院(ナイヰン)に現れた尊者の相好(サウガウ)は、あの夕、近々と目に見た俤びとの姿を、心に覓(ト)めて描き顕したばかりであつた。
刀自・若人たちは、一刻々々、時の移るのも知らず、身ゆるぎもせずに、姫の前に開かれて来る光りの霞に、唯見呆(ホヽ)けて居るばかりであつた。
郎女(イラツメ)が、筆をおいて、にこやかな笑(ヱマ)ひを、円(マロ)く跪坐(ツイヰ)る此人々の背におとしながら、のどかに併し、音もなく、山田の廬堂を立ち去つた刹那、心づく者は一人もなかつたのである。」

「姫の俤びとに貸す為の衣に描いた絵様(ヱヤウ)は、そのまゝ曼陀羅の相(スガタ)を具へて居たにしても、姫はその中に、唯一人の色身(シキシン)の幻を描いたに過ぎなかつた。併し、残された刀自・若人たちの、うち瞻(マモ)る画面には、見る/\、数千地涌(スセンヂユ)の菩薩の姿が、浮き出て来た。其は、幾人の人々が、同時に見た、白日夢(ハクジツム)のたぐひかも知れぬ。」



「山越しの阿弥陀像の画因」より: 

「四天王寺西門は、昔から謂はれてゐる、極楽東門に向つてゐるところで、彼岸の夕、西の方海遠く入る日を拝む人の群集(クンジユ)したこと、凡七百年ほどの歴史を経て、今も尚若干の人々は、淡路の島は愚か、海の波すら見えぬ、煤ふる西の宮に向つて、くるめき入る日を見送りに出る。此種の日想観なら、「弱法師」の上にも見えてゐた。舞台を何とも謂へぬ情趣に整へてゐると共に、梅の花咲き散る頃の優(イウ)なる季節感が靡きかゝつてゐる。
しかも尚、四天王寺には、古くは、日想観往生と謂はれる風習があつて、多くの篤信者の魂が、西方の波にあくがれて海深く沈んで行つたのであつた。熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海と言うた。観音の浄土に往生する意味であつて、淼々たる海波を漕ぎゝつて到り著く、と信じてゐたのがあはれである。一族と別れて、南海に身を潜めた平維盛が最期も、此渡海の道であつたといふ。
日想観もやはり、其と同じ、必極楽東門に達するものと信じて、謂はゞ法悦からした入水死(ジユスヰシ)である。そこまで信仰におひつめられたと言ふよりも寧、自ら霊(タマ)のよるべをつきとめて、そこに立ち到つたのだと言ふ外はない。
さう言ふことが出来るほど、彼岸の中日は、まるで何かを思ひつめ、何かに誘(オビ)かれたやうになつて、大空の日(ヒ)を追うて歩いた人たちがあつたものである。」



「身毒丸」より: 

「身毒は、一夜睡ることが出来なかつたのである。今の間に見た夢は、昨夜の続きであつた。
高い山の間を上つてゐた。道が尽きてふりかへると、来た方は密生した林が塞いでゐる。更に高い峯が崩れかゝり相に、彼の前と両側に聳えてゐる。時間は朝とも思はれる。又日中の様にも考へられぬでもない。笹薮が深く茂つてゐて、近い処を見渡すことが出来ない。流れる水はないが、あたり一体にしとつてゐる。歩みを止めると、急に恐しい静けさが身に薄(セマ)つて来る。彼は耳もと迄来てゐる凄い沈黙から脱け出ようと唯むやみに音立てゝ笹の中をあるく。
一つの森に出た。確かに見覚えのある森である。この山口にかゝつた時に、おつかなびつくりであるいてゐたのは、此道であつた。けれども山だけが、依然として囲んでゐる。後戻りをするのだと思ひながら行くと、一つの土居に行きあたつた。其について廻ると、柴折門があつた。人懐しさに、無上に這入りたくなつて中に入り込んだ。庭には白い花が一ぱいに咲いてゐる。小菊とも思はれ、茨なんかの花のやうにも見えた。つひ(引用者注:「つひ」に傍点)目の前に見える櫛形の窓の処まで、いくら歩いても歩きつかない。半時もあるいたけれど、窓への距離は、もと通りで、後も前も、白い花で埋れて了うた様に見えた。彼は花の上にくづれ伏して、大きい声をあげて泣いた。すると、け近い物音がしたので、ふつと仰むくと、窓は頭の上にあつた。さうして、其中から、くつきりと一つの顔が浮き出てゐた。
身毒の再寝(マタネ)は、肱枕が崩れたので、ふつゝりと覚めた。
床を出て、縁の柱にもたれて、幾度も其顔を浮べて見た。どうも見覚えのある顔である。唯、何時か逢うたことのある顔である。身毒があれかこれかと考へてゐるうちに、其顔は、段々霞が消えたやうに薄れて行つた。彼の聯想が、ふと一つの考へに行き当つた時に、跳ね起された石の下から、水が涌き出したやうに、懐しいが、しかし、せつない心地が漲つて出た。さうして深く/\その心地の中に沈んで行つた。」

















こちらもご参照ください: 

川村二郎 『内部の季節の豊穣』
『伝奇ノ匣5 夢野久作 ドグラマグラ幻戯』 (学研M文庫)
内田善美 『星の時計の Liddell ①』 (全三冊)


























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センセイの「仕事」入門130 学級&授業だけじゃない!

「そこは安心して心の内面にのみ目を向け、内なる声にのみ耳を傾けていればよい閉ざされた園であった。」
(マリオ・プラーツ 「G・B・バジーレの『お話のなかのお話』」 より)


マリオ・プラーツ 
『官能の庭
― マニエリスム・
エムブレム・
バロック』
 
若桑みどり・森田義之・白崎容子・伊藤博明・上村清雄 訳 


ありな書房 
1993年6月1日 第1版第2刷 
720p 
A5判 丸背紙装上製本 
本体カバー 函 
定価8,240円(8,000円+税240円) 
装幀: 浅野邦夫
 


本書「訳者あとがき」(若桑みどり)より: 

「本書は、Mario Praz, *Il Giardino dei Sensi: Studi sul manierismo e il barocco*, Milano, Arnoldo Mondadori Editore, 1975 の全訳である。」
「形式から言えば、これは主として一九五〇年代から七〇年代にかけて出版された書物をテーマ的にとりあげて、その書物の扱った事象の核心から周辺にいたるまでに考察を及ぼすというものである。多くの場合、それは書評のかたちをとっているが、その書物はきっかけにすぎず、これに前後して関連するその他の同テーマの文献資料に広く考察を及ぼしているので、結局のところ(中略)、スタンダードな研究史と文献資料の書になっている。
 この中でもっとも書評らしい文章といえば、それはバーナード・ベレンソンの『カラヴァッジョ』を酷評したものだが、それもベレンソンのカラヴァッジョ批評を辛辣にこきおろす恰好で、バロック解釈における権威主義に鉄槌をくだし、自らバロックへの新たなる視座を提示した優れたバロック論となっている。さらに、この本で扱ったテーマが意図的にバロックとマニエリスムに限定されているので、これは結局バロックとマニエリスムの入門書(中略)となっている。バロックとマニエリスムについてのもっとも優れた解説というべきであろうか。だがそれも美術に限ったことではなく、さりとて文学に限定されてもいない。それらを網羅しつつ、様式の根本における感受性の深みへと迫る試みである。」
「本書の特徴は、歴史的に言えばマニエリスムと分断されて論じられてきたバロックを、その不可避な連続性において扱ったという点にある。」
「なお、原著には基本的な図版が二五枚ほど付されていただけであるが、翻訳にあたってはこの豊饒なイメージの博物館の驚くべき様相を少しでも多く伝えようという意図から、記述されたイメージを可能なかぎり収録することにした。」



「原註/訳註」は二段組。本文中に図版(モノクロ)267点。






函。






本体カバー+帯。


帯文: 

「想像力と感性の愉悦が召喚する
綺想
という
イメジャリーのエロティシズム
の深層を開示するプラーツ美学の精髄」



帯背: 

「綺想とイメジャリー
のエロティシズム」 



帯裏: 

「未踏の漆黒の闇の中に、一条の光が差しこむがごとく、
無限の想像力と鑑識眼を秘め、ルネサンスからマニエリスム、
バロックへと至る美術表現と、その中に投影された
文学的レミニサンスのテクスチュアの中を、
縦横無尽、自在無礙に渉猟し、博捜し、連鎖する
不可視の苦痛/快楽する芸術的感性の輪郭を顕わにしつつ、
〈愛〉と〈魂〉のくねりあう官能の〈美〉を普遍的な相のもとに映し出す
壮大な叡知の業。」








目次: 

第一部 二人の先駆者 
 ヒエロニムス・ボスの〈奇妙な相貌〉 (伊藤博明訳) 
 一五世紀版ジョイス (白崎容子訳) 

第二部 マニエリスム研究 
 ルネサンスの秋 (森田義之訳) 
 マニエリスム批評の総決算 (白崎容子訳) 
 〈マニエーラ・イタリアーナ〉 (若桑みどり訳) 
 太り肉のヴィーナス (伊藤博明訳)
 ラビュリントス (森田義之訳) 
 マニエリスムの奇矯な彫刻 (上村清雄訳) 
 グロテスク (上村清雄訳) 
 ボマルツォの怪物 (白崎容子訳) 
 カプラローラ (森田義之訳) 
 フォンテーヌブロー派 (若桑みどり訳) 

第三部 ペトラルカからエンブレムへ 
 アルミーダの庭 (白崎容子訳) 
 イギリスのペトラルキズムとユーフュイズム (白崎容子訳) 
 バロック序説 (森田義之訳) 
 イギリスのバロック (伊藤博明訳) 
 探究者トマス・ブラウン (白崎容子訳) 
 G・B・バジーレの『お話のなかのお話』 (白崎容子訳) 
 エンブレム、インプレーザ、エピグラム、コンチェット (若桑みどり訳) 

第四部 一七世紀の芸術 
 曲線の礼讃 (森田義之訳) 
 ベルニーニの天啓 (上村清雄訳) 
 ルーベンス (伊藤博明訳) 
 カラヴァッジョ (森田義之訳) 
 グエルチーノと一七世紀の古典主義 (森田義之訳) 
 風景の発見 (森田義之訳) 
 ローマのフランドル画家たち (伊藤博明訳) 
 フランチェスコ・ピアンタの奇矯な彫刻 (伊藤博明訳) 
 逆光に見る一七世紀のローマ (若桑みどり訳) 

第五部 バロックの宇宙 
 バロックの都市プラハ (伊藤博明訳) 
 ボヘミアとシチリアのバロック (若桑みどり訳) 
 レッチェのバロック (森田義之訳) 
 メキシコの聖堂 (若桑みどり訳)
 熱帯のロココ様式 (伊藤博明訳) 
 サクロ・モンテの礼拝堂 (上村清雄訳) 
 官能の庭 (若桑みどり訳) 
 ズンボが造形したペストの風景 (上村清雄訳) 
 ウァニタス (若桑みどり訳) 

原註/訳註 
訳者あとがき――マリオ・プラーツについて (若桑みどり) 
索引
 



◆本書より◆ 


「ヒエロニムス・ボスの〈奇妙な相貌〉」より: 

「現代の人びとがボスもまたフロイトの先駆者の一人であることを発見するよりはるか以前に、フライ・ホセ・ド・シグエンサは一六〇五年にマドリードで刊行された『聖ヒエロニムス会の歴史・第三部』(*Tercera parte de la Historia de la Orden de San Geronimo*)で次のように書いている。「私の見るところ、この男[ボス]の絵とほかの画家のそれが異なっているのは次の点である。つまり、ほかの人物は常に人間の外観がどうであるかを描こうとしているのにたいして、この男は、そしてただ彼のみが人間の内面がいかなるものかを描こうという勇気をもっていた」。」
「ボスの場合、奇矯なものや幻想的なものにたいする彼の中世的な趣好に貢献したのはまた、特異でグロテスクなイメージを表わした護符が広範に流布していた原始や古代の文明であった。(中略)そしてまた原始と古代の文明が伝えられたからこそ、一三世紀を通じてヨーロッパに入りこんできた東アジアの影響という、いっそう異質なるものとの交配が起こり、この奇矯なものへの趣好が高まったのである。ボスの描く樹の姿をした悪魔たち、人間の姿をとった山や岩、これらは中国から伝来したものである。
 ボス、この時代遅れの人間、この田舎者の中に中世の幻想の精髄がなんとみごとに抽出されていることか。まさに彼を「時代遅れ」と定義することは、シェイクスピアを「時代遅れ」の中世演劇と定義するに等しい。このような様式と生の諸概念の深化はあらゆる時間を超越するのだ。中世世界はボスの中で至上の形式に達した。kれの絞首台、彼の拷問車、彼の火炎、はてしなく地平線まで続く彼の武装した軍団は、ボスの中世がマルセル・シュオッブが見た中世とはなはだ似ていることをわれわれに想い起こさせるであろう。ただし、疲弊した時代のピクチャレスクで残忍な光景を強調するシュオッブとちがって、ボスはむしろこれらの絵画に魂の普遍的な光景を明らかにし、それらを強調しているのだ。」
「夢の素材は特定のひとつの時代にほかの時代より多いということはなく、夢は永遠不滅の形態であり、神秘的なもの(ミスティカ)の幻視のようにたえずくりかえされる。チャールズ・ラムが書いている一人の子供のこと(『エリア随筆』の中の「魔女たちと夜の恐ろしきものたち」)が想いだされる。この子供は、迷信という汚れに染まらないように厳重に隔離され教育されたが、それにもかかわらず「次から次へと湧きでる空想のあれこれ」の中に、自らの内に慎重に隠蔽されつづけてきた恐怖に満ちたあの世界すべてを見いだしてしまうのである。「ゴルゴン、ヒュドラ、キマイラ――セレノやハルピュイアの身の毛のよだつ物語――は迷信を信じる頭の中にくりかえし生産される。というのもそれらはもともと存在していたのだ。それらは記憶に刻みこまれたものであり、ひとつの類型である。その元型はわれわれの内にあり、永久に存在する。そうでなければなぜ夢から醒めているときでさえ、現実のことではないとわかっている物語にわれわれは魅了されるのであろうか」。」

「〈自由霊運動〉を、どこでも見られる、背徳におちいった信仰運動のひとつだと決めつけても何も語ったことにはならない。」
「こうした神秘主義については、偉大なフランドルの神秘主義者ロイスブロークほど広範かつ細部にわたって解き明かし、心理学的にも神学的にも明晰な解説を加えた人はほかにいない。彼によれば、「信奉者こそ、己れの本質が空虚で盲目でしかありえないという単純なありようの中に我を失い、己れの本性を超脱しようとはせず、そのまま至福に達することを希求している。彼らはまことに単純であり、己れの魂の純粋な本質そのものと一切の媒介なしに直接的に結合し、そこには自ずと神が顕現するので、外面的にも内面的にも彼らには、神への熱狂も傾倒もまったく感じられない。というのも彼らがこうして神との合一を体験する宗教的な極致においては、彼らは神という本質の中に吊り下げられ、もはや己れの本質の単純なありよう以外には何も感じないからである。かくして彼らは己れの単純なありようと神の絶対なる単純なありようを摩り替え、その中で静寂そのものを享受し、そして己れの単純なありようの奥底では己れ自身を神とすらみなしているのである。したがって彼らには信仰も、希望も、真の慈愛も欠けている。そして事実彼らは、己れが追い求め、獲得したありのままの空虚な状態においてはもはや、知識も愛も所有しようとせず、あらゆる徳から解放されることを希求している。これらすべての結果として彼らは、たとえどのような悪行をなそうとも、良心の呵責なしに生きようと努めるのである。彼らは、秘蹟やもろもろの徳や聖なる教会の宗式などすべてを顧みることはない。彼らは、教会が不完全な人間に与えるものすべてに優越しているので、そのようなものは己れには必要がないとみなしているのである。……彼らにとって最高度の聖性は、あらゆることにおいて、一切拘束されることなく己れのありのままの衝動に従うことである。それは、内面では悪へと傾く精神を保ちつつ安逸に浸りうるように、また外面では身体の欲望を満たし肉欲を満たすようないかなる行為にも耽りうるように、想像力へとすばやく逃げ去りうるように、そしていつでも好きなときに精神の安逸そのものへと立ち返りうるようにするためなのである」。ロイスブロークは一四世紀の終わりごろこのように述べており、最後の部分はこのような行為に走った極端な人びとがいたことを示唆している。
 〈自由霊運動〉は二重の顔をもっている。敬虔でありながら悪魔的、高度に霊的でありながらいかがわしいほど放恣である。そしてこの二つの側面は互いに、それとはわからぬほどひそかに入れ替わる。主たるテクストは、マルゲリート・ド・ポレート(エノー伯爵領に一二五〇年ごろ生まれる)の『純朴なる魂の鏡』(*Miroir des simples âmes*)で、(中略)まさに神秘主義文学の中でももっとも美しいもののひとつに数えるに値する。」
「いったい『純朴なる魂の鏡』は何をわれわれに語っているのか。神の前で自己を無と化した魂は、善行なしに信仰によってのみ救済される。こうした魂は、天上であれ地上であれ神が創造した被造物の中にいかなる慰安も情愛も希望も抱かず、ただ神の善性の内にのみそれらを抱く。この魂はいかなる被造物にも乞うこともなく求めることもない。この魂は不死鳥(フェニックス)のごとく唯一無二の存在である。なぜなら、その魂は、愛の中で孤高の存在となり、己れ自身で充足しているからである。恥辱も名誉ももたず、貧困も富も、安楽も苦難も、愛も憎悪ももたず、地獄もなく天国もない。それはすべてをもち、そしてすべてをもたない。すべてを知り、そしてすべてを知らない。」
「事実、アダムのごとき無垢なる状態への回帰は、〈自由霊運動〉のひとつの特色であり、《悦楽の園》の三連祭壇画の中央パネルに刻印されているとフレンガーはみなしている。(中略)このドイツの批評家によれば、地獄を描いた右翼パネルには運動に加わらぬ人びとの責苦が表わされ、中央パネルには快楽が、罪深いものとしてではなく、それどころか左翼パネルに示された天国の無垢な状態への回帰として表わされている、という。」
「おそらくこの三連祭壇画の中でヒエロニムス・ボスは、自らの『被造物の讃歌』(*Cantico delle Creature*)を歌ったのだ。」



「ルネサンスの秋」より: 

「私はかつて、イギリス式のピクチャレスクな庭園(〈アルミーダの庭〉)に関連して、タッソの有名な詩句――「芸術は自然を、戯れながら慰みに模倣しているように見える」――やベン・ジョンソンが模倣したボンヌフォンのいくつかのラテン語詩(中略)、とりわけロバート・ヘリックの優美な小詩「無秩序の喜び」(Delight in Disorder)に注意を喚起したが、それはマニエリスムという不安な精神の思考の頂点にあるひとつのモティーフを指摘したかったからにほかならない。つまりこのモティーフとは、芸術表現に多様性(ヴァリエタ)、運動性(モヴィメント)、《不一致の一致(ディスコルディア・コンコルス)》を導入し、ジョルダーノ・ブルーノが「宇宙の可逆的転換」と呼んだものに形象を与え、「小心翼々たる入念さ」に「気高い無頓着」を優先させると同時に「規矩を逸脱した優美さ」を獲得しようとするモティーフのことである。ミメーシスの概念、つまりルネサンスに支配的な自然の模倣としての芸術の概念は、実際には「止まれ、汝は美しい」なるポーズとして固定された静止的な世界を前提としていたが、いまや一六世紀になると、心の内面でとらえられた世界のイメージは静止的どころか絶えまない変転にほかならない、とする理念(イデア)が生みだされる。(中略)そこから芸術家にふさわしいのは、単なる自然の模倣から解放された表象としての、すなわち自律的な噴出によって紙の上に投影された創意としての「内的ディセーニョ」(disegno interno)である、とみなされるようになった。」
「この「内的ディセーニョ」は、夢の中におけるように、現実に由来するさまざまな要素と魂の内奥から湧きあがるさまざまな要素を入念に組みあわせるものであり、要するに、自然の生成のプロセスと肩を並べ、それと競いあいながら、新しい形態を次々と創造していく生成のプロセスなのである。」



「ラビュリントス」より: 

「それではラビュリントスの神話がそもそも担っていた聖なる機能、宗教的エネルギーとはどんなものであろうか。(中略)ラビュリントスは元型的象徴であるが、ではいったい何の象徴なのであろうか。「とぐろを巻く内臓のような」バビロニアのラビュリントスは胎内を暗示し、その洞窟との関連は明らかに女性の性器(中略)を暗示している。」
「いかなる文明世界においても(中略)、ラビュリントスの旅は洞窟の表象と結びついている。謎に満ちた洞窟世界ではしばしば、その入口近くに年老いた女性――死の番人「母」――がいる。それは『アエネイス』のクマエの巫女(シビュラ)であり(中略)、ゲーテの『ファウスト』の「大地の母たち」である。洞窟は、女性の性器であるだけでなく、母の胎内であり、子宮であり、「そこから出発し、そこへ向かう、半ば無意識の無化のノスタルジアが到りつく確固とした場所」である。(中略)洞窟とラビュリントスは通過儀礼が行なわれる場所であり、予備的試練の場所なのである。あらゆるラビュリントスには聖なる中心があり、そこにはとらえがたい神秘がたちこめている。(中略)要するに中心には常になんらかの神聖なもの、あるいはミノタウロスのような怪物が見いだされるのであり、そこには無意識あるいは半ば無意識の罪や渇望、そして夢や悪夢が堆積している。人間はしばしばそこに自分自身を見いだす。まさにこの理由でラビュリントスの奥には鏡が置かれることが多いのである。探索の果てにたどりついた神秘、隠された神あるいは怪物は、人間そのものなのである。」



「探究者トマス・ブラウン」より: 

「サー・トマス・ブラウンの直系の後継者の中に、並外れたフモリストであるチャールズ・ラムがいるのは興味深い。(中略)ラムの「不完全な同情」や「魔女やその他の夜の恐怖」といった随筆のあるものは、あたかもブラウンの著書の欄外に書きこまれた注釈のようなものである。たとえばラムの魔女論は以下のとおりである。 

  ゴルゴン、ヒュドラ、キマイラ――セレノやハルピュイアの身の毛のよだつ話――は迷信を信じる頭の中にくりかえし生産される。というのもそれらはもともと存在していたのだ。それらは記憶に刻みこまれたものであり、ひとつの類型である。その元型はわれわれの内にあり、永久に存在する。」



「バロックの都市プラハ」より: 

「チェコスロヴァキアのディイェ河流域の原始林におおわれた湿地には白鹿が棲んでいる。この動物は臆病で人前に姿を見せないので、この場所を訪れる人びとはその存在に想いをめぐらせるだけで満足しなければならない。(中略)しかしこの珍しい動物と出会う幸運に恵まれなくても、この森はもうひとつのかけがえのない経験を秘めている。この森は、物質の変容という法則を学ぶことのできる、世界でも四、五箇所しかない場所のひとつなのだ。木の葉は落ちるがままに、腐敗し、新たな生命へと変化する。この森は、ペネロペの織る、解かれてはまた紡がれる布地のような一枚のつづれ織り、「自然界の緑そのもの」であり、斧がその幹や枝に触れることはけっしてない。それは、生命を生みだす温床であり同時に生命が朽ちる褥でもある。この移りかわりこそ、プラハという比類のない都市の運命を象徴しているのだ。」


「官能の庭」より: 

「人物像を描くことをほかの画家に任せたほど、ブリューゲル(訳注: ピーテル・ブリューゲル(父)の次男。ミラノの大司教フェデリコ・ボッロミーニの庇護のもとに制作した。細密描写と微妙な色彩表現をもって花や動物を描いた作品も多い。「花のブリューゲル」「ビロードのブリューゲル」「天国のブリューゲル」とも呼ばれる。)は人間にはほとんど興味を抱かなかった。人物像を描くことは、ブリューゲルがそこへ身を潜めることを願っていた事物の世界から彼を引き離しかねなかったからである。」


「訳者あとがき」(若桑みどり)より: 

「プラーツには別れたイギリス人の妻と娘がいるが、友人への書簡の中で彼は、イルカと小さいアモルのついたアンピール風の書きもの机ほどにいかなる人間をも愛することができない自分を嘆いている。たしかに彼にはフィレンツェ時代に甘美で苦い恋愛経験があり、家族もいたし友人や弟子も数多いにもかかわらず、本質的に倒錯した世界の、おそらくは他者と隔絶した想像力の世界の住人であったと言うことができるだろう。」








こちらもご参照ください: 

マリオ・プラーツ 『記憶の女神ムネモシュネ』 前川祐一 訳
若桑みどり 『マニエリスム芸術論』


































W・イェンゼン/S・フロイト 『グラディーヴァ/妄想と夢』 種村季弘 訳

「「もう二千年前にも一度、こんなふうに二人でパンを分け合って食べたことがあるような気がするわ。」」
(ヴィルヘルム・イェンゼン 「グラディーヴァ」 より)


W・イェンゼン/S・フロイト 
『グラディーヴァ/妄想と夢』 
種村季弘 訳
 


作品社 
1996年8月5日 初版第1刷印刷 
1996年8月10日 初版第1刷発行 
269p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,200円(本体2,136円) 
装丁: 水木奏 
カバー絵: ファブリツィオ・クレリチ《メスメール現象》
 


本書「フロイトと文芸批評」(種村季弘)より: 

「ヴィルヘルム・イェンゼンの小説『グラディーヴァ』が書かれたのは世紀転換期前後の一九〇三年、かれこれ百年前のことである。フロイトがこれを読んだのはやや遅く、一九〇六年頃にはじまるC・G・ユングとの書簡往復のなかでユングに教えられてこの小説の存在を知った。そして同年夏から本格的に『グラディーヴァ』分析に取りかかって成立したのが、ここに『グラディーヴァ』と併訳したエッセイ『W・イェンゼンの《グラディーヴァ》における妄想と夢』(中略)である。」
「『グラディーヴァ』のテクストは戦後ドイツでも、出版元を変えて何点か出ているが、一九〇三年版の初版は入手できず、とりあえず本訳書では次の戦後版を底本にした。
 Wilhelm Jensen: Gradiva - ein pompejanische Phantasiestück. Dresden und Leipzig Verlag von Carl Reißner 1913.
 フロイトのテクストは以下に拠った。
 Sigmund Freud: Der Wahn und Träume in W. Jensens 》Gradiva《. in Sigm. Freud Gesammelte Werke chronologisch geordnet VII. Werke aus den Jahren 1906-1909.」



「フロイトと文芸批評」中に地図3点。







帯文: 

「ブルトンを熱狂させ、
ダリの生涯を決定し、
そして
終生フロイトが憑かれた
幻想小説の深層」



帯背文: 

「フロイトの
小説分析」 



帯裏文: 

「晩年のフロイトはいまだにグラディーヴァのかたわらにいた。というよりグラディーヴァにたえずかたわらにつき添われて、ときにはパンを分けあったり、髪の毛をかき回されたり、小突きあったりもしたのかもしれなかった。つまりフロイトもまた、たえず現代と神話的古代との時間を自在に往復する「妄想と夢」を生きていたのではあるまいか。――「フロイトと文芸批評」より」


目次: 

グラディーヴァ (ヴィルヘルム・イェンゼン) 
妄想と夢 (ジークムント・フロイト) 
フロイトと文芸批評 (種村季弘)
 



◆本書より◆ 


ウィルヘルム・イェンゼン「グラディーヴァ――あるポンペイの幻想小説」より:

「と、ハッと気がついた。早く逃げないとグラディーヴァは世界滅亡のまきぞえを食うにちがいない。はげしい驚愕のあまり彼の口は警告の叫びを発した。それはグラディーヴァの耳にも届いた。こちらにくるりと頭を向けたからである。(中略)しかし素知らぬ顔でそれ以上気にとめることもなく、これまで通り行手をさして歩を進めた。それでいてグラディーヴァの面差しは、白色大理石に変身してゆくようにみるみる蒼ざめていった。ようやく神殿の柱廊玄関(ポルティコ)にさしかかると、彼女は柱列の間の階(きざはし)の一段に腰を下ろし、おもむろに段の上に頭(こうべ)を横たえた。おりしも火山礫がどっと落ちてきて火柱を立て、おかげですっかり目隠しのカーテンが張りめぐらされた。とっさに駆け寄ると、こちらの目から彼女の姿が消えた場所に通じる道がみつかり、グラディーヴァは庇(ひさし)を張り出した屋根に護られて幅のひろい階(きざはし)にさながら眠れる人のようにながながと手足を伸ばしていたが、明らかに硫黄の臭気に窒息して息切(ことき)れていた。ヴェスヴィオ山からの赤い光が、まぶたを閉じて美しい石像の顔そっくりになった面(おもて)にめらめらと照り映えた。面持には恐怖や痙攣の跡がすこしも見られず、この世のものとも思えぬ、おだやかに不変のものに順応している無関心が見てとれた。けれどもいまや風が灰の雨を吹き寄せてきたので、その顔立ちもあっというまに輪郭が崩れた。灰の雨は最初は灰色の紗のヴェールのように彼女の顔にひろがり、次いでほのかに光る面差しの最後の輝きを消し、やがて北国の冬の吹雪のように身体をまるごと灰の覆いに埋めた。」

「静まり返った真昼の幽霊の刻(とき)、生命は押し黙りおのれを殺さなければならない。なぜならこの幽霊の刻には死者がめざめ、無音の幽霊のことばで語りはじめるからだ。」

「「人はよみがえるためにはまず死ななければならないのね。」」



ジークムント・フロイト「『グラディーヴァ』における妄想と夢」より: 


「夢は願望充足である」 

「精神分析治療はいかなるものにまれ、(中略)抑圧された愛を解放してやる試みなのである。」



種村季弘「フロイトと文芸批評」より: 

「何もかもがあいまいで、あいまいなままつじつまが合わない。過去と現在、子供時代といま、冥府とここ、ということは廃墟のポンペイのげんにある死と沈黙と七九年の降灰直前まで現存したかつての市民たちの生のにぎわい、北と南、考古学と動物学、つまるところ死と生――すべての概念や形象が相互に交換されたり浸透しあったりして、ここからここまでという境界が決定不能のままに投げ出されている。」

「ことほどさようにアルテミスは、あらゆる生き物を養育する、慈しみ深い「動物の母親」である。(中略)同時にこの狩猟の女神は、みずからが産んだ生き物を狩猟しては殺戮する残酷な神格である。一方、この女神の養い子であったアタランテはすぐれた運動競技者として知られ、(中略)アタランテに求婚して徒競走で(徒競走で彼女に勝つことが結婚の条件)負けた男は八つ裂きにされた。
 神話はグラディーヴァとハーノルトの関係をあらかじめ先取りしている。すなわち「悠揚たる=急ぎ足」であゆむグラディーヴァはカリュドン(中略)のアタランテの再来であり、メレアグロスのように彼女に勝利を譲ってさえ「自分が産んだ生物を殺戮する」母アルタイア(明らかにアルテミスの仮装だろう)に八つ裂きにされなければならないのだから、グラディーヴァと張り合おうとするハーノルトは、当然、肉体を、ではないまでも、いかにも近代人らしく心をずたずたに引き裂かれて、冥府に落ちて行くのでなければなるまい。」

「情容赦なく生命をはく奪する女猟師アルテミスの無慈悲な顔とは別に、小説では食を与えて生命を養う慈悲深い女神アルテミスの面影も、昼食のパンを分けてくれるグラディーヴァの、アルカイック期にまでさかのぼる記憶に浮上してくる。「もう二千年前にも一度、こんなふうに二人でパンを分け合って食べたことがあるような気がするわ。あんたはどう、そんな気はしない?」 
 たしかに、あらゆる生き物の養い親であるアルテミスであれば、二千年の昔はいうまでもなくそれ以前の太古からも、いやこうしてパンを分け合っているいまも、なけなしの食糧を子にも分け与えながら生きてきたし、またげんに生きているのが道理である。」
「グラディーヴァが三相一体の女神の人格化であることはまぎれもない。アルテミスはラテン名の同一神格ディアナでは、月の処女、被造物(生物)の母親、最後に産んだすべてのものを破壊する女猟師、の三つの相を一身にかねる、三相一体の女神である。」
「ついでにいえば、ここでツォーエの名もこの象徴的出産に荷担していそうである。英語読みなら「ゾウイ」の Zoe は、グノーシス派の神話ではイヴをあらわす女神の名で、「グノーシス派の福音書によれば、土をこねて造った最初の男に生命を吹き込もうとして、神々が次々に失敗した後で、ゾウイだけが、(このただの土であるアダムに生命を吹き込むことに)成功した」(バーバラ・ウォーカー『神話・伝承事典』)という。とすれば生に背を向けた考古学者ハーノルトを生に連れ戻す、ツォーエ=グラディーヴァの「治療」(フロイト)の全過程が、アダムを生かす(引用者注:「生かす」に傍点)ゾウイの原神話を踏まえているのである。」
「そう、『グラディーヴァ』という小説を分析したフロイトのエッセイが暗に、といっても部分的にはかなりあからさまに語っているのは、世紀転換期前後の知識人社交界の話であってしかもそれとパラレルに進行している、蒼古たる神話的深部の物語なのである。
 その物語はたぶん次のようなつぶやきをもらしている。「グラディーヴァ」という名は軍神マルスの添え名「グラディーヴス」の女性形ではなくて、逆に「グラディーヴス」が「グラディーヴァ」の男性形なのではあるまいか。戦場に赴く軍神マルスの輝かしいあゆみは、じつは狩猟の女神アルテミスのあゆみの模倣であり、その優雅と美のコピーによる簒奪の所産ではなかったか。それならばグラディーヴァは、二千年来封じ込められていた墓から往古の輝かしいあゆみとともによみがえって(redidiva)、失われたものの権利返還請求をしにやってきたのではあるまいか。一口にいえば、母権制文化の父権制による略取収奪の産物の返還請求をしに、彼女は足取りもたけだけしく、また美しく、起き上がって(redidiva)帰ってきたのではないか。」

「世紀転換期のデカダンス小説と冒険小説には、そのどちらにも、硬い、非肉質の、石像の女、ミイラ、死体である女が、「芸術作品の不滅性における時間の揚棄」の象徴として登場してくる。廃市ポンペイの真昼の光のなかに出現する、はじめは名前も正体も不明の石像の女、グラディーヴァもまた「芸術作品の不滅性における時間の揚棄」の象徴以外の何ものでもない。
 産業社会のリニアーな時間から不動の無時間的アルカディアに退行せんとする逃走衝動は、しかし世紀転換期も二十世紀に近い『グラディーヴァ』にはじめて発生したわけではなかった。この種の彫像・人形崇拝小説はつとにメリメの『イルのヴィーナス』があり、ホフマンの『砂男』がある。意外なことに、いや当然のことながらというべきか、ザッヘル=マゾッホのやや早すぎた世紀末的マゾヒズム=デカダンス小説『毛皮を着たヴィーナス』(一八七一年)もまた、つとに同じトポスを踏んでいるのである。
 『毛皮を着たヴィーナス』でも、後期ロマン主義的趣向の書割がめぐらされて女神像が祀られる。月光に濡れた庭園の石像、暖炉の火にほの明るく照らされた室内のティツィアーノのヴィーナス像。彫像や絵のなかの女性(女神)崇拝から、徐々に神話的な「残酷な美女」が生身で出現してくる。それは概して遠い昔に死んだ女、一度死んで石のように凝固しているがゆえに慢性的な無為と無時間性のカプセルに包み込まれた女、あるいはむしろ芸術作品のような硬い不滅性を帯びた石像の女神、のよみがえりとして起こる奇蹟である。
 冷たく硬い石像の女への宗教的礼拝と見まごうばかりの崇拝・奉仕。おそらくそれは傍目には退屈きわまりない、千篇一律のかしずきである。しかし退屈とは擬似無時間性にほかならないから、当事者にとってはそれらの日々が胎内回帰的擬似無時間性の経験として、かけがえのない「獣の眠り」(ボードレール)を叶えてくれる。ロセッティ風の死体愛(ネクロフィリア)も、マゾッホの女神崇拝も、そういうものとしての冷たく硬い呪物と共在・同化しつつ、終末意識に達した時代の不安を鎮撫する麻酔薬の役を果たしてくれるのだ。
 ヴィルヘルム・イェンゼンのフロイト宛書簡によると、『グラディーヴァ』の作家には、若くして死んだ恋人と同じく若くして死んだ妹がいたらしい。死んで時間から逃れ石化した女と死都ポンペイでランデヴーすることの至福、死んでいる女と死都で相遭うことの僥倖、つまりはロセッティ風の世紀末的気分の麻酔的効果をイェンゼンはつとに熟知していたのである。そしてその麻酔薬を読者に投与して、逆療法的に神経症という世紀末病を治療する作家的特権をも心得ていた。それはフロイトも、アイロニーと羨望まじりに確認している通りである。
 そういうフロイト自身も、「死の本能」、タナトス衝動の強烈な牽引力を熟知している。『妄想と夢』の、死んだと思っていた女性のバセドウ病患者の幽霊(レディディーヴァ)が出てくるエピソードがいい例である。死者、それもとりわけ死女の記憶が、フロイトの身辺にはたえずアウラのようにたちこめているかのようだ。雨の降る日、冷たく硬くなった女の死体と共にいて、歌の文句ではないが、「このまま死んでしまいたい」という陶酔性デカダンス。世紀転換期に遭遇した人間の一人として、イェンゼンもフロイトも、その腐爛性の恍惚を知らないはずはない。」
「フロイトは生涯にわたって周期的に何度か知的麻痺=化石状態に陥っている。一種の知の仮死状態。(中略)不活発、無為の外見をともなう知的麻痺が、この知的巨人のいわば持病だったのである。」
「無為、運動不能という世紀末病症候群。(中略)死に至るまでのデカダンス体験に浸りきる自堕落を芸術家や恋人――心中死をも辞さない恋人たちはうらやむべきかな――の特権として羨望しながらも、かつて医者を志したり(イェンゼン)、げんに医者である(フロイト)人間としては、その病める心を分析し再構成する作業に携わらないわけにはいかないのである。」










カール・ケレーニイ 『ディオニューソス ― 破壊されざる生の根源像』 岡田素之 訳
フロイド/イェンゼン 『文学と精神分析 《グラディヴァ》』 安田徳太郎/安田洋治 訳 (角川文庫)
ホフマン/フロイト 『砂男/無気味なもの』 種村季弘 訳 (河出文庫)





























































プロフィール

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、土方巽、デレク・ベイリー、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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